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2014年9月25日 (木)

気になるニュース 680

 

前文だけ読むと脱原発派に見えるけどそうでもないのか・・・
引用書き起こし開始。 

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*元柏崎刈羽原発所長「吉田調書」を語る 国・東電現場理解せず 



東京電力福島第一原発事故で、吉田昌郎(まさお)元福島第一所長=20137月死去=が政府の事故調査・検証委員会に事故状況を語った「吉田調書」。調書を読んだ東電の元柏崎刈羽原発所長で、取締役や監査役も務めた宅間正夫氏(77)は「(東京の)本店は首相官邸の介入を許し、現場を支えなかった」と当時の経営陣を批判した。社内に安全神話への過信があったと認め「今こそ日本に原子力が必要かどうかの議論を徹底的にすべきだ」と述べた。 (聞き手・浅井俊典)
 


─ 吉田調書によると、事故対応をめぐり、当時の菅直人首相が吉田元所長に直接指示するなど官邸が現場に介入。現場が一段と混乱したとして、国や電力会社の危機管理能力に疑問を投げかけている。
 

「そもそも発電所内の事故は、事業者である電力会社が全責任を負うもの。本店は本来、現場が動きやすいように指示や支援をして現場を守るべきなのに、政治家の顔色ばかりをうかがっていた。非常時の連携や危機管理が徹底されず、吉田君が『やってられない』と思ったのも当然だろう」
 

2号機に危機が迫った2011315日、福島第一は一部作業員の退避を検討したが、官邸には「全面撤退」と伝わった。吉田元所長は調書で「全員撤退とは言っていない」と、官邸への不信感を募らせていた。
 

「原発の所長経験者としてひとこと言いたい。私たち現場の電力マンは、自分のプラントは死んでも守るという精神をたたき込まれている。あの状況で全面撤退など誰も考えない。この問題は、現場に対する官邸の理解不足を感じる」
 

─ 調書によると、東電は08年、第一原発の想定津波が従来の6メートルを大きく上回る15.7メートルと試算したが、対策を先送りした。当時、責任者の原子力設備管理部長だった吉田元所長は「完璧にやっていくのは非常に難しいし、お金もかかる」と語っていた。
 

「試算は東日本大震災で襲われた津波とほぼ同じ高さだった。福島では過去にその高さの津波が来たことはなく、吉田君の判断はやむをえなかったと思う。問題は、津波によって炉心溶融(メルトダウン)などの過酷事故が起きるという考えがなかったことだ」
 

「原子力には、5層のレベルで事故を防ぐ『深層防護』の考えがある。5層は順番に①異常の発生②異常の拡大③放射能漏れ④過酷事故⑤住民への原子力災害─の防止だ。原発事故まで国内では3段階目までの対策しか考えていなかった。過酷事故や原子力災害を『想定外』のこととして片付け、対策を怠った。東電の誰もが安全神話を信じ、原子力を制御できないことなどありえないと思っていた。深層防護を真に徹底していなかったと反省する」

─ 政府は吉田調書を公開することで、情報公開や危機管理を重視する姿勢を示し、国民の反対が強い原発再稼働への理解を得たいという狙いが見える。
 

「原子力は同じ大学や大学院出身の人間が電力会社と国、原発立地自治体など官民に分かれて、特殊な共同体をつくっている。ムラの人脈が就職や出世を左右する世界で、東電にもムラの社員が存在する。社内で最も閉鎖的で、周りの意見に耳を貸さない集団だ」
 

「原子力ムラは自分たちで原発を囲い込み、国民を置き去りにしてきた。今こそ原子力が必要かどうかの議論を徹底的にすべきだ。個人的にはエネルギー問題を考えれば原発再稼働は必要で、事故後の安全対策でリスクは下がり、深層防護も徹底されつつあると思う。日本の将来を考えた原子力に対する冷静な判断ができるのではないか」


[たくま・まさお]
 
東京大卒業後、1961年に東京電力入社。姉崎火力発電所の設計、管理に従事後、原発建設などを担当。91年から4年間、柏崎刈羽原発所長。95年取締役。監査役を経て、99年退任。日本原子力産業協会副会長も務めた。



Kakusin_2


2014925日 東京新聞:核心 
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kakushin/list/CK2014092502000159.html

 

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