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2014年2月23日 (日)

気になるニュース 456

 

ひどい、という言葉では済まない・・・
引用書き起こし開始。

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*レベル7 第12部  奪われた暮らし(中)


◆賠償打ち切り 1キロの壁

東京電力福島第一原発から21キロ、福島県南相馬市原町区にある小さな縫製の作業場では、7台のミシンが今にも音を立てて動きそうに糸がかかったまま並ぶ。だが、原発事故の後は動いたことはない。

発注がなくなり、主(あるじ)の菊池康浩(39)は将来への極度の不安で心と体をむしばまれ、働きたいのに働けない状況に陥ったからだ。

精神的苦痛への東電の損害賠償は一昨年8月で終わり、仕事が再開できないことへの賠償(休業補償)も昨年末で打ち切られた。避難指示が続く20キロ圏内ではどちらの賠償も続くのとは対照的に、1キロ離れているというだけで収入を絶たれた菊池は「俺は見捨てられたのか」と怒る。

原発事故は、母初枝(64)から15年前に受け継いだ事業が軌道に乗り始めたころに起きた。有名な服飾デザイナーブランドの商品の試作に携わるようになり、業界の信頼を得て、事故3ヶ月前には、大口注文を仲間の工場に回すまでになった。売り上げが急激に伸び、スタッフを雇おうと考え始めたころだった。

横浜市の弟宅に避難した後、20115月には戻った。仕事を再開するため取引のあった業者だけでなく、新規開拓のため100社を超えるメーカーにも電話で営業をかけた。だが反応は鈍く、「お客さんの身に着けるものだから、福島には発注しない」との言葉を浴びせた業者もあった。

強い不安からうつ状態になり、事故前からの腰痛や目まいもひどくなった。

南相馬市内の東電の賠償相談窓口を訪ね、苦境を訴えると、東電担当者は「生活保護を受けたらどうですか」と言い放った。

生活保護は命をつなぐ最後の手段。財産は持てず、自宅も作業場も手放さなければならない。「東電や国の過失のために、どうして私らがそこまでしないといけないのか」と菊池は怒りを爆発させた。後日、東電側は謝罪に訪れたが、その後は電話すらない。

その後も症状は悪くなる一方で、人と会うことすら嫌になり、ろれつが回らなくなる時がある。仕事もできず、賠償もなくなった現在、菊池に残るのは、月6万円の住宅ローンと事故の前年に百数十万円で買った中古ミシンのローン。自宅は住めるとはいえ、地震で傾き、修理には400万円以上かかる。このままでは貯金が底をつき、後は初枝の年金しか頼るものはない。

苦しむ菊池に初枝は「まずはゆっくり治して」と声をかける。菊池も「自分の病気が治らないことには、何も始まらない」ことは分かっているが、そう思うほどに鼓動が乱れ、目まいがする。「普通に暮らしてきただけなのに、俺はなんでこんな目に遭わなきゃいけないのか」(敬称略)



7

2014223日 東京新聞朝刊 1面より 

 

 

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