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2013年11月14日 (木)

気になるニュース 311

 原子力資料情報室といえば高木仁三郎、と思ってたけど、そうだったのか・・・
引用書き起こし開始。

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【別冊 南海日日新聞】 伊方反対運動支えた科学者


伊方原発の反対運動を語る上で欠かすことのできない科学者がいる。元大阪大講師の故久米三四郎さんだ。原発の危険性への認識が当初十分とは言えなかった筆者は、久米さんから「今の原発技術は実用化できる段階ではない。いつか大事故を起こす」と指摘され、「絶対につくらせてはならない」と確信を持ったものだ。


◆安全審査のデタラメ暴く

久米さんと伊方の出会いは、1972年にさかのぼる。筆者らと反対運動に携わっていたOさんが伊方裁判の支援を求めて接触したのがきっかけだった。

久米さんは、73年に始まり、日本で最初の原発訴訟となった伊方原発1号炉設置許可取り消し請求訴訟の科学補佐人を務めた。被告である国の安全審査のデタラメぶりを見事に暴いた。

久米さんは「伊方裁判を支える会」を組織し、裁判の経過を「訴訟ニュース」で全国の会員に詳しく伝えた。資金カンパを集めるなど裁判を支える活動にも熱心だった。

78年に始まった2号炉増設許可取り消し請求訴訟は、代理人の弁護士や科学補佐人なしの本人訴訟で、筆者を含め33人の住民が提訴した。「1号炉裁判を手弁当で取り組んでいる弁護団、科学者にこれ以上負担はかけられない」との思いからだった。

それでも、久米さんは22年間に及ぶ2号炉裁判もすべて傍聴し、訴訟ニュースに経過を詳細に掲載し続けた。毎回、弁論後の集会では、感想や意見を述べ、原告や住民、支援者を励ました。筆者も多くの助言や資料をいただいた。75年には、現在も民間の原子力情報の源の役割を担っている「原子力資料情報室」を設立。高速増殖炉もんじゅの火災事故の後、事故調査検討研究会を立ち上げて原因を追及し、2003年の許可処分無効判決の住民勝訴に貢献した(05年最高裁では敗訴)。

久米さんは伊方の原発反対住民にとって教師であり同志だった。全国の原発反対の人たちにとってもかけがえのない人だった。09年、83歳で亡くなった。(近藤誠・元南海日日新聞記者)=随時掲載します


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20131114日 東京新聞 こちら特報部:話題の発掘より 

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