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2013年11月10日 (日)

気になるニュース 304

 

226事件というと久世光彦しか浮かばない物知らず・・・
引用書き起こし開始。

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80年前テロ未遂 埼玉挺身隊事件


80年前の193311月、埼玉県で立憲政友会の鈴木喜三郎総裁らの暗殺を計画した右翼青年17人が決行前日に一斉逮捕された。背後に36年の226事件で主役となる人物も登場した事件だったが、核心部分は公にされないまま歴史の闇に埋もれてしまった。(中里宏)


◆報道の自由なく歴史の闇へ

「今でも実態のよく分かっていない事件。当時は報道の自由がなく、当局からも限定的な情報しか得られなかった」。作家の沢地久枝さんは、「226の前哨」という見方もある事件についてこう話す。

事件は、「救国埼玉青年挺身(ていしん)隊」を名乗った青年たちが計画。331114日、同県川越市の映画館「鶴川座」で開かれる立憲政友会関東大会を標的にした。同館前に借りた民家で鈴木総裁、鳩山一郎文相らを待ち伏せ、猟銃や短刀で殺害。この後、在郷軍人会の射撃場で奪った小銃で政府・財界の要人を暗殺し、首都を混乱に陥れるというものだった。

事件の首謀者で元拓殖大生の吉田豊隆=当時(23)、殺人予備罪で懲役2年確定=は、右翼学生運動の同志だった日本大生水上源一(226事件で死刑)の紹介で、国家改造を唱える急進派将校・栗原安秀陸軍中尉(同)と知り合い、ひんぱんに会っていたことが分かっている。

吉田らの動きは県警察部特別高等課(特高)に3ヵ月前から把握され、決行前日の同13日未明、熊谷市のアジトなどで一網打尽にされた。当時の新聞紙法に基づき報道は禁止され、予審が終結して報道解禁となった翌年331日になって初めて、国民新聞(東京新聞の前身)や東京日日など在京紙が号外で大々的に報じた。地方でも名古屋新聞(中日新聞の前身)が一面で報じるなど、事件は全国を揺るがした。前年に血盟団事件や515事件が起きるなど、農村の窮乏、政治腐敗、財閥に対する国民の不満は強く、騒然とした世相だった。

元陸軍法務官が自宅に保管していた「勾坂資料」によると、司法省(当時)は「共謀の嫌疑濃厚」として翌341月、栗原中尉ら226事件で死刑になった青年将校4人を含む8人の軍人の捜査を陸軍省に極秘扱いの文書で依頼していた。軍法会議検察官による取り調べが行われたが、「謀議の事実はない」と結論付けられた。

解禁後の新聞は当局情報に基づき栗原中尉や水上を「吉田らの軽挙妄動をいさめていた穏健派」と報じた。ところが、わずか2年後、栗原中尉らは226事件を決行した。

栗原中尉の聴取書によると、中尉は民間人同志を吉田の熊谷班、水上の日大班など8班に分け、国家改造のための直接行動を「近く決行する」とたびたび鼓舞していたことを認めている。さらに鈴木総裁、西園寺公望(元老)、斎藤実首相(226で暗殺)らを目標人物とし、警視庁、新聞社襲撃の必要性を説いたことも認めたが「常に彼らを緊張させておくためで、真に決行の意思があったわけではない」と釈明していた。

同資料に収録された検察官の意見書案には、栗原中尉の供述内容だけでも反乱陰謀罪は成立するとの記述もあり、仮に中尉が起訴されていれば、歴史の歯車が狂った可能性もある。

226事件に詳しく勾坂資料の発掘にも関わった沢地さんは「特定秘密ができれば、(起きた事件の背後など)秘密指定されたら取材することさえできなくなる。このままでは、また自由のない社会が来ます」と警告している。


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20131110日 東京新聞朝刊 こちら特報部:ニュースの追跡より 

 

 

 

 

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