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2013年10月27日 (日)

気になるニュース 283

 

ebにないようなので・・・
引用書き起こし開始。

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*東海村 初の原子力発電50 


茨城県東海村で日本初の原子力発電が成功してから26日で50年。東京電力福島第一原発事故後、停止中の原発では再稼働に向けた安全審査申請が相次いでいる。在任時に脱原発へとかじを切り、9月に退任した村上達也前村長(70)は共同通信の取材に「かつて一部の利益を優先し、戦争に突き進んだ状況と同じだ」と危機感を示し、経済優先主義からの転換を訴えた。


◆日本の原子力発電の経過
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◆敗北認め エネ転換を 村上前村長警鐘

1957年、東海村にある日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)の研究炉が国内初の臨界に達した。村上氏は当時14歳。「原子力のイメージは原爆ではなく、ノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹だった。終戦後の貧しい時代から、新しい夜明けがやってくるイメージだった」と振り返る。

農業中心の村は、神奈川県横須賀市などと原研の誘致合戦を繰り広げた。「海岸線が原子力施設で埋まる」と言う人もいたが、目立った反対運動はなかったという。

631026日、原研の動力試験炉で初の原子力発電に成功。66年には日本原子力発電東海原発が商業炉で初めて運転を開始した。実験施設の延長という感覚で、村上氏は「危険性など考えたこともなかった」と話す。

55年からの20年間に村の人口は2倍以上の約25000人に増加。舗装道路すらなかった土地に多くの原発作業員や建設業者が移り住み、旅館や商店が立ち並んだ。

各地でも原発建設は進み、93年に初めて国内総発電量の3割を超えた。

■ ■

97年に原発推進派の後継候補として村長選で初当選した村上氏。転機は99年に訪れた。作業員2人が死亡、周辺住民ら660人以上が被ばくした核燃料加工会社ジェー・シー・オーの臨界事故だ。屋内退避で十分だとする茨城県に対し、村は独自に350メートル圏内の住民に避難を要請した。

事故対応や住民の健康調査について国に問い合わせたが「他の局と相談する」 「首相官邸の了解が必要」との返事ばかり。「国も原子力業界も事故は起きないとの前提で物事を考えている」。不信感はその後の福島原発事故で確信に変わった。

■ ■

再稼働の動きについて村上氏は、地域独占で発電と送電を担う九電力体制(沖縄電力を除く)、経済産業省、大資本の原子力メーカーが強固に結びつき「巨大な利権集団」を形成していると指摘。集団内の利益確保が中心で「福島事故が起きても敗北を認めない。日本が方向転換できず、戦争に突っ込んでいった時と同じだ」と危ぶむ。

国内の商業用原発は現在50基(福島第一原発14号機は廃止)。脱原発のためには、地域ごとに太陽光発電などの再生可能エネルギーを活用する「地産地消型」のエネルギー構造に目を向けるべきだという。

全国の都道府県を除く1719自治体のうち原発を抱えるのはわずか21市町村。原発は地域経済の発展に不可欠だとの主張もある。「それは論理のすり替え。事故が起きれば、交付金などを受けていない周辺自治体の住民にも被害が及ぶ」と村上氏。「日本は目先の利害関係にとらわれた、悲しく危ない国。経済優先主義からの転換が必要だ」と力を込めた。


[むらかみ・たつや]
43年茨城県石神村(現東海村)生まれ。地元の常陽銀行勤務を経て97年の東海村長選で初当選し、今年9月まで416年在任した。東京電力福島第一原発事故後に脱原発を訴え、全国の市区町村長ら約80人でつくる「脱原発をめざす首長会議」の世話人を務めている。

 

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2013
1027日 東京新聞朝刊 2面より
 

 

 

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