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2013年10月18日 (金)

気になるニュース 265

 

民主主義は虫の息なのか・・・
引用開始。 

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*特定秘密保護法案を問う(3) 映画作家・想田和弘さん「不戦敗」やめるとき


必要なのは「観察」と「想像力」だという。

 
想田和弘監督は「観察映画」という独自のドキュメンタリー手法で、対象をじっと見つめ続け、真理をあぶり出す。その目に、特定秘密保護法案は時代の逆行に映り、同時に民主主義が後退している証拠にも見える。そして説く。

 
「もう、不戦敗はやめましょう」

 
静かなる観察眼がとらえる不戦敗とは何を指すのか。

 
例えば7月の参院選の直前。政権の座にあった自民党は「公平さを欠く報道があった」として、TBSの取材拒否を通告した。

 
「報道の自由を脅かす問題で、本来、マスコミが一斉に反発するべきこと。でも結局、TBSも実質的に謝った。脅しに負けた。『不戦敗』です。小さな出来事かもしれない。でも、それがずっと重なってきて、表現の自由が後退し続け、今は崖っぷちだ」

 
法案を看過する下地はこうして醸成され、すでに表出している。

 
「国家の安全保障」の名の下に情報は隠される。漏らした側だけでなく、得た側、それも得ようとしただけでも処罰対象になり得る。情報の制限は表現・言論の自由を制限することだ。つまり国民の知る権利を損なう。

 
自民党は1985年にも、今回の法案に重なる国家秘密法(スパイ防止法)の成立を目指した。外交・防衛上の国家機密を漏らした者への罰則を最高で死刑または無期懲役とするものだったが、言論・報道の自由に抵触すると、報道機関や野党が猛反発し、廃案となった。

 
「権力は腐敗する。監視するために、透明性・公開性が必要になる。スパイ防止法の時は民主主義を破壊するウイルスだと認識して、アレルギー反応が起きた。免疫機能が機能した」


 ■加担への抵抗

 
それから28年-。

 
「いまは拒否反応が大きな流れにならない。メディアも政党も含め、社会全体の免疫力が弱まっているとしか思えない」

 
亡霊のように再び姿を現した「秘密保護」の背後には確かな変化がある。「表現・言論の自由は水や空気のように当たり前のもの。目に見えず、意識もしづらい。だから変化が分かりにくい。しかしそれはもう汚染され、確実に体をむしばんでいる」

 
TBSの取材拒否問題が持ち上がったのと同じころ、自身にも「戦い」があった。

 
東京・日比谷図書館で予定していた自作映画「選挙」の上映に対して千代田区役所が懸念を示し、中止になりかけた。

 
2005年の川崎市議選に自民党の公認で立候補した山内和彦さんを撮ったものだった。落下傘の新人が、巨大政党の「どぶ板選挙」に踊らされるさまを描いた。「選挙前にセンシティブな映画の上映は難しい」。区の担当者は理由をそう話したという。

 
「はっきり言って、そうですかと負ける方が楽。僕のキャリアにとり、日比谷図書館で上映できないことは大きな問題ではないし」

 
だが、あらがった。

 
「『不戦敗』したら、彼らの成功体験になる。そこに加担したくなかった。それは日本の表現・言論の自由が後退すること。憲法で保障されている権利は使って初めて意味がある。個人ではなく、民主主義社会全体の問題なのです」


 
■権力のおごり

 
その続編「選挙2」では、権力の側がいかにして自分たちに都合の悪い情報を流させないようにするか、そのおごりを身をもって体験していた。

 
今度は無所属で出馬した山内さんを追った。作中、自民党の2候補の陣営が「勝手に撮るな」と言い、監督と押し問答をする場面がある。ベテラン候補は弁護士を通じて「肖像権の侵害だ」と映像の使用差し止めを求めてきた。

 
「そりゃあ怖かった。相手は権力を持っている。面倒だから、あの場面をカットしようかと頭をよぎった。こちらに道理があるのは間違いないが、映画として世に送り出すということには、やはり相当の恐怖感はある」

 
だが、あらがった。

 
「選挙活動は公的なもの。それを撮っていけないはずがない。相手の弁護士だって訴訟を起こしても勝てるはずがないと分かっている。脅せば僕が黙ると思ったんでしょう。彼らもそういう成功体験があったのではないか」

 
個々の記者、報道機関が不戦敗を続けてきた怠慢とツケを、そこに見る。

 
法案の修正案では国民の「知る権利」や「報道・取材の自由」に配慮するとの記述が加わった。「著しく不当な方法」でなければ処罰しないとの文言が盛り込まれたが、何をもって不当とするのか。配慮も努力規定にすぎない。権力者のおごりの前に、歯止めは無力に映る。

 
そもそも目指す憲法改正にしろ集団的自衛権の行使容認にしろ、安倍晋三政権にはあらゆる歯止めから自由になろうとする姿勢がうかがえる。「自民党の改憲草案には、権力者を縛るはずの憲法を守るのは国民だと書かれている。民主主義を辞めましょう、という憲法です。だから秘密保護法案が出てきても、全然驚かなかった」

 
では、どうあらがえばいいのか。

 
「僕らにできることは、不戦敗しないこと。一つ一つの小さな戦いを放棄しないこと。僕はそれをゴミ拾いに例える。今は民主主義という街がゴミでいっぱい。映画作家としては、色がつくので政治的な話はあまりしたくない。でも僕は、ゴミを拾うつもりでやっている。僕の姿が他の人に伝染して、少しずつ街がきれいになればいい。一朝一夕にはいかないが、それしかない」

 
想像してみる。もし、水と空気がなくなったら。「観察をして、想像をすれば、僕らの『当たり前』を手放せばどうなるか、分かるはずだ」

 
息苦しく、やがて呼吸ができなくなり、その先に待つのは民主主義の死だ。 


20131018日 神奈川新聞
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1310180008/


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ついでに地方紙の社説。(ここでチェックしてみた)


安保国会論戦 責任感を欠く首相答弁(北海道新聞)

秘密保護法案 暴走に明確な歯止めを(茨城新聞)

秘密保護法案 恣意的運用防ぐ仕組みを(岐阜新聞)

秘密保護法案 情報開示のルールが先だ(山陽新聞)

社説:秘密保護法案 民主主義の破壊許されぬ(琉球新報)


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