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2013年9月15日 (日)

気になるニュース 214

 

自分はがむしゃらに生きているか?・・・
引用書き起こし開始。 

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103歳 がむしゃら一代記 


103歳の女性が執筆した自伝的小説が評判を呼んでいる。東京都杉並区の井上アイさん。戦争で夫や息子を失い、戦後は住民運動に身を投じた。情熱の人生の背景には「戦争を止められなかった悔いがある」という。敬老の日を前に、明治から平成を生き抜いた激動の「一代記」に耳を傾けた。(林啓太)


◆戦争で夫と息子失い 戦後に生活苦 半世紀近く住民運動

「困った人の支えになれ。そういう母の教えを胸にがむしゃらに生きてきた」

1910(明治43)年825日、新潟県長岡市に生まれた。幸徳秋水らが検挙された大逆事件や、韓国併合があった年だ。実家は長岡駅近くで野菜や缶詰などの食料品店を営んでいた。父親が事業に失敗し両親は離婚。5人きょうだいは母親のクメさんに育てられた。

地元の高等女学校を卒業し上京。17歳で、後に医大病院の医師となる3歳年上の太郎さんと結婚し、4人の子どもをもうけた。東京・目黒の総ひのき造りの屋敷にお手伝いさんを雇い、夏は家族で海水浴を楽しんだ。「全く世間知らずの奥さんだった」と振り返る。

太平洋戦争が始まると、一家の生活は暗転する。44年に太朗さんは激戦地のフィリピンに出征し、小学校6年の長男嘉一郎さんは山梨に集団疎開。「野菜は行列に並んでもわずかしか買えず、肉なんかとても手に入らなかった」。三男岩雄ちゃん=当時(1つ)=は栄養失調で終戦直前の4583日に亡くなった。

戦後も苦難が続いた。復員後もマラリアの発作が続いていた太郎さんは48年に血を吐いて急死、大黒柱を失った。次男勝雄さん(75)も気胸を病み、治療費がかさんだ。

「まごまごしていては飢え死にする。無我夢中だった」。着物を質入れし、目黒の家を売却。病院に住み込んで売店を経営し、看護服のミシンかけをした。赤坂の料亭の手伝いなどの職を転々とした。54年に杉並区に家を建てて間貸しを始めて生活はやっと落ち着きを取り戻した。

60年代初め、自宅のすぐ前に中央高速道路の建設計画が浮上。66年には東京都が玉川上水沿い東西1.3キロに4車線道路建設の都市計画決定をした。武蔵野の面影を残す風景を一変させる計画に仰天した。

「戦争を止められず夫と息子を失った。今度は行政の横暴を見過ごせない」。市民団体の代表を引き受け、建設の中止や計画の改善を求める運動を展開。悪化した排ガスや騒音の問題への対策を求め、都庁前に座り込んだり、請願を提出したり、道路公害に抗議する運動を半世紀近く続けてきた。

自伝的小説「雪椿(ゆきつばき)」は、6年がかりで書いた。前半は、当時の世相風俗も取り入れ、みずみずしいタッチで描かれている。知人の随筆家半藤末利子さんが、「現代版のおしんだ」と評してくれた。自費出版では異例の版を重ね、既に700部が出た。

今は長女佐知子さん(84)と同居。4人の孫と2人のひ孫もいる。決して平たんとは言えない人生だが、「悔いはない」と言い切る。

「もう一度、人生をやり直すことができても、やっぱり同じことをやると思う。困難が人を強くする。これからも、そう若い人々に伝えていこうと思います」

「雪椿」の問い合わせは、出版元のオフィスWOL=〒105 0011 東京都港区芝公園2611505=へ郵便で。


Ts

2013915日 東京新聞 こちら特報部:ニュースの追跡 より


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