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2013年7月15日 (月)

気になるニュース 146

 

地方の弱みにつけこむムラ・・・
引用書き起こし開始。 

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*再稼働・新設厳しい東通原発 


青森県東通村で、高レベル放射性廃棄物の最終処分場を誘致しようという動きがくすぶり続けている。福島第一原発事故後、東通原発が再稼働する見通しは立たず、もう一基の新設工事もストップ。原発に依存してきた村にとって、代わるものは処分場しかないという発想だ。それで村は発展するのか。事故から24カ月たった現地を歩いた。(上田千秋)


「原発の他には何もない村。処分場を引き受ける以外にもう道はないよ」。原発から南へ約3キロ、原発の定期検査や工事のために訪れる作業員を当て込んだ旅館や民宿などが立ち並ぶ白糠(しらぬか)地区で、自営業の男性(78)はこうつぶやいた。

原発に頼り切ってきた同村の状況は、福島事故で一変した。定期検査中だった東北電力の1号機はそのまま運転停止が続き、敷地内に活断層とみられる断層が見つかったことで、大規模な耐震改修を求められる可能性が浮上。再稼働に向けたハードルは高くなった。

東北電1号機に隣接する場所で福島事故の2カ月前に着工したばかりだった東京電力の1号機も工事がストップ。東北電、東電それぞれの2号機の建設計画も宙に浮いた形になっている。

村民の間からは、どこかあきらめたような雰囲気が漂う。同地区で旅館を経営する成田とくさん(77)は「事故までは毎日、満室だった。それが今はほとんどゼロ。再稼働しないなら旅館は閉めようと思っている」と寂しげな表情を見せる。

男性(72)も「村には働く場所はあまりないし、合っても給料が安いから若者はどんどん出ていった。原発ができてやっと働き口が増えたのに、これでは前の貧しいだけの漁村に戻ってしまう。処分場でもいいから来てほしいと思っている村民はたくさんいる」。

下北半島の北東の端に位置する人口7000人余りの同村はかつて、貧困にあえいでいた。夏に「ヤマセ」と呼ばれる冷たい偏東風が吹き、冬は豪雪。厳しい気象条件は農業には向かず、人が集まる観光地もない。「昔から男は出稼ぎに行くのが当たり前だった。30年間東京や神奈川で働いて、『原発ができるならこっちでも暮らしていける』と思って地元に戻ってきたのに…」と男性会社員(57)は話す。

都市部から遠く離れ、これといった産業もない貧しい寒村─。そんな原発立地地の典型のような同村の議会が原発誘致の決議をしたのは1965年のこと。漁業者を中心にした激しい反対運動を経て2005年に運転が始まり、これまで村に計り知れないほどの恩恵をもたらしてきた。

88年度~昨年度の25年間に村が受け取った電源三法交付金は278億円。さらに年間10億円近い固定資産税のほか、電力2社から支払われた助成金や漁業補償金は計数百億円に上る。

こうした原発マネーなどを基に村は88年、交通の便が悪いため、それまでは隣接するむつ市に置いていた役場を村内に設置。周辺に瀟洒(しょうしゃ)な造りの小中学校や診療所、一戸建ての住宅用地まで造成し、うら寂れた村というイメージからはほど遠い、不自然に都会的な風景が村の一角に日広がるようになった。


◆村議「変わる産業は無理」

下北半島は六ケ所村に核燃料サイクル施設があり、北端の大間町では大間原発が建設中だ。「下北核半島」とも呼ばれ、その一角を担う東通村に最終処分場の誘致話がささやかれたのは今回が初めてではない。

越善(えちぜん)靖夫村長は2006年、地元紙のインタビューで「原子力への理解が得られている原子力施設立地・周辺市町村が主体的役割を担うべきだ」と主張。処分場誘致をにおわせる発言をし、村議会も08年から、有志による放射性廃棄物などについての勉強会を開いている。

越善村長はその後、公の場で発言することはなく、村の担当者も「村として最終処分場について何か言ったことはない」と誘致論を否定するものの、ある村議は「高齢化も進み、原発に代わる他の産業を始めようとしても無理。14人いる議員の多くは、『原発がだめなら処分場を』と思っている」と打ち明けた。

ただ、実際に誘致できる可能性はほぼない。青森県の三村申吾知事は、県内に高レベル廃棄物の最終処分場建設を認めない考えを繰り返し表明。甘利明経済産業相(当時)も08年、県側の求めに応じて「青森を最終処分場にしない」とする確約書を提出している。

それでも誘致論が消えないのは、このままいくと村の経済が立ちゆかなくなる可能性があるからだ。予算規模は百億円前後で、立派なハコモノの維持費も重くのしかかる。当該原発の前々年度の発電量に応じて金額が決まる電源三法交付金は、本来なら13年度はゼロになるはずだった。

特例で104000万円が交付されたが、来年度以降どうなるかは不透明。東北電1号機が再稼働せずに廃炉となれば固定資産税も入らなくなるとみられるほか、東電1号機の新設工事停止で、地元の建設業者などに事業縮小の動きが出ている。


◆調査応じれば年20億円 建設なら510億円の効果

処分場誘致で地元に落ちる利益は莫大(ばくだい)だ。高レベル廃棄物の最終処分事業を担う「原子力発電環境整備機構(NUMO(ニューモ)」の基本的な調査に応じるだけでも、周辺自治体と合わせて年間10億~20億円の交付金が支払われる。NUMOの試算では、建設が始まれば毎年約510億円の経済効果があるとされる。

原発マネーで経済的に潤ったが、それをもって村が発展したと言えるかどうかは分からない。1960年の12449人をピークに減る傾向の人口は、原発が稼働した05年時点で8042人。それ以降も減少に歯止めはかからず、過疎化は進んでいる。

法政大の舩橋(ふなばし)晴俊教授(環境社会学)は「大震災で原発が停止するなど誰も想定していなかったように、原発に頼る財政計画には限界がある。処分場にしても大幅に雇用が増えるわけではなく、付加価値は低い」と解説。

さらに「固定価格買い取り制度が導入された再生可能エネルギーなど、投資効果が期待できる産業はある。地元に利益が落ちない東京の大企業主導ではなく、地域の資本を主体にした事業であれば雇用も生まれる」と訴える。

地元では、明確に処分場誘致を否定する声も少なくなかった。東通村商工会の山崎孝悦副会長は「原発に代わるものと言われてもすぐに答えは出ないが、処分場誘致というのは話の筋が違う」と力を込める。

「電力の大消費地である都会のツケで、核のごみ捨て場にまでされるのはおかしい。選挙のたびに言うことが変わる政治家に頼るのではなく、村として独自に考えていかなければいけない時期に来ていると思っている」


[デスクメモ]
「この村サ一度だて陽(シ)コあだたごとあるガジャ」。青森・津軽半島の寒村の悲哀をうたう高木恭造の詩に心を打たれ、80年、下北まで旅した。当時の東通村の売りは尻屋埼灯台と寒立馬だけ。待望の陽の光とは原発だった。今、原発城下町の「夢」崩れる彼らを、都会から単純に批判はできない。(呂)


2013715日 東京新聞:こちら特報部
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013071502000116.html


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