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2013年5月24日 (金)

気になるニュース 61

 

引用書き起こし開始。

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*「3分の2」 憲法海外事情(2) 韓国・民主化運動 


◆権力暴走の抑止力

機動隊のヘルメットに市民が差したカーネーションは、軍事独裁への無言の抵抗だ。

1987610日、韓国ソウル。作家の柳時春(ユシチュン)(63)は、市民の結束が国を変える予感に震えていた。女性は街でハンカチを振り、行き交う車は警笛を鳴らす。与党の党大会が開かれたこの日、非暴力で改憲を求める民主化運動が始まった。

要求の一つは大統領直接選挙制の導入だった。当時の大統領、全斗煥(チョンドゥファン)は間接選挙で選ばれ、改憲を望む市民の声を黙殺。むしろ民主化運動への弾圧を強め、大学生の拷問死事件の発覚が国民の怒りに火を付けた。

柳たちが指揮を執った非暴力運動は、与党の次期大統領候補、盧泰愚(ノテウ)が「民主化」を宣言する629日の直前まで続いた。「改憲を行い、新憲法によって選挙を実施する」。五輪開催を翌年に控えたソウルに、世界の目が一斉に注がれた。

改憲案は与野党の共同作業で作られ、10月の国会で「3分の2」を超える賛成を得て発議。国民投票も93.1%が賛成し、韓国は新しい憲法を手に入れた。

日本では今、安倍政権が改憲の旗を振るが、権力側でなく市民が声を上げて実現した改憲の価値を、当時37歳だった柳は強調する。「民主主義は、国民の力で勝ち取ってこそ正しい方向に向かえるのです」

それ以前の韓国では、改憲と言えばむしろ権力側の横暴だった。象徴的なのは朴正煕(パクチョンヒ)政権下の72年。前年の総選挙で野党が躍進し、与党は改憲に必要な「3分の2」の議席を失った。

すると朴は戒厳令を発布。国会を解散し、政党や政治活動を中止させた上で、大統領に権限を集中させる「維新憲法」を国民投票にかけた。改憲ルールを無視した「憲法破壊」だったにもかかわらず、投票率と得票率は実に9割を超えた。

そのわずか5カ月ほど前、韓国と北朝鮮は共同声明を発表していた。「国民は南北統一に必要な憲法と思ったのだろう」。ソウル大名誉教授の金哲洙(キムチョルス)(79)は、当時の空気を解説する。統一への期待感を改憲に利用したともとれる。権力によるムードの演出が、国民を誤解に導く怖さの一例ともいえる。

民主憲法の制定から四半世紀。大統領任期の見直しなど、改憲は現在の韓国でも政治課題に挙がっている。民主党議員の禹相虎(ウサンホ)(50)は、延世大の総学生会長として87年の改憲をリードした一人。「時代に合わせた改憲が必要」という。

国会議員の「3分の2」以上の賛成は韓国でも容易でないが「改憲には、過度に厳しいぐらいの合意が必要だ」と言い切る。公権力にもてあそばれた韓国憲法の歴史を踏まえ、権力の暴走を防ぐ抑止力の大切さを知るからだ。

それだけに、改憲のハードルを下げようとする日本の動きが禹には気になってならない。「日本も韓国も、権力者が思うように憲法を変えられるようでは困る。規定を緩めるのは、相当危うい」
 
=文中敬称略(ソウル・篠ケ瀬祐司、写真も)



[韓国憲法の改正] 

19487月に「制憲憲法」 「第1共和国憲法」と呼ばれる初の憲法を公布・施行。以来9回改正。現在の憲法は87年に改正された。改正の「提案」は在籍議員過半数または大統領の発議で可能だが、改正案を国民投票にかけるための「議決」は在籍議員3分の2以上の賛成が必要。国民投票は有権者の過半数が投票した上で、投票者の過半数の賛成を得る必要がある。


2013523日 東京新聞朝刊より  

 

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