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2013年5月19日 (日)

気になるニュース 51

 

見学ルートを変更すると東館の「軍都広島」の歩みを見る時間が減るかも・・・
引用書き起こし開始。

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*被爆人形撤去で議論 「実物で正しく伝承」「強烈メッセージに意義」


広島平和記念資料館(広島市)を出た子どもたちの口数は少ない。恐怖に泣きだす子もいる。とりわけ強い印象を残しているのが被爆当時を再現した人形だ。その人形が、改修に伴い撤去されるという。同館側は「遺品などの展示を重視したい」とするが、展示継続を求める声が広がりをみせている。人形論争から見えてきたものは。(中山洋子)


「この人たちは死んじゃったの?」

3体の等身大の人形の前で小学生の女の子がつぶやいた。炎を模した赤い照明にぼんやり浮かび上がるのは、がれきの中をさまよい歩く女性と2人の子ども。前に突き出した両腕からは、はがれた皮膚が垂れ下がる。

「超こえー」と目をそむける男児。言葉を失い、その場から動けなくなる子どももいる。女の子のつぶやきに、ボランティアガイドの女性は「亡くなった人も多いけど、助かった人もいる。けれどケロイドというやけどの痕が残ったのよ」と説明した。

東館からの渡り廊下を通り、本館に入ってすぐ。そこに、被爆直後の状況を再現した人形が配置されている。

被曝を再現したろう人形の展示は、1973年に始まった。現在のプラスチック製人形は91年からの2代目。多くの子どもたちの脳裏に原爆の悲惨さを焼き付けてきた。

広島市は、老朽化が進んだことなどから資料館を改修・改装することを決定。故丹下健三氏が設計した国重要文化財の本館の耐震補強なども含め、総額487000万円をかけて大規模なリニューアルをすることになった。

展示内容も見直すことになり、有識者らでつくる検討会議で議論した結果、20107月にまとまった基本計画で、人形の撤去方針が盛り込まれた。改修は今年末から始まり、人形は16年度にも撤去される。

注目度の高い人形が、なぜ不要とされたのか。

資料館の増田典之副館長は「当初の報道では『怖いから』という声が強調されていたが、それは誤解。撤去の理由は別にある」と話す。

もともとは見学ルートの見直しから始まったという。終戦から10年後の55年に開館した当初は、遺品や写真などを集めた本館だけだった。94年に東館を増築し、ここでは「軍都広島」の歩みや原爆投下までの経緯などを紹介した。

04年に資料館が行った調査で、丁寧に回れば3時間はかかるところを平均見学時間はわずか45分余りと判明した。修学旅行生など団体客が駆け足で回っているためだ。入り口のある東館に時間を取られ、本館には19分未満しか滞在していない傾向も分かった。

本館には、膨大な数の遺品や被爆資料などが展示されている。増田氏は「本館の被爆資料をじっくり見てもらうために、東館の入り口から3階までエスカレーターで上がり、渡り廊下を通って本館を最初に見学してもらうルートに変更する」と説明する。

この議論の中で、本館では人形を撤去して、遺品などの実物展示を中心にする方針が決まったという。収蔵資料は約2万1000点にも上り、資料館側には「生の資料をもっと見てほしい」 「実物展示で正しく伝えたい」という思いが強い。

人形に対しては以前から、被曝者から「実際にはあんなものではなかった。もっとひどい状況だった」という声もあり、有識者らによる検討会議でも撤去に大きな異論は出なかったという。

リニューアル後には、焼け焦げた衣服などに加え、新たに遺体の写真なども多用するという。資料館の担当者は「これまで以上に怖いかもしれない」と話す。

有識者の検討会議のメンバーで、広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協)の坪井直理事長(86)は「われわれが見た光景はもっとむごい。原爆を小さくとらえてほしくないので、人形ができたときから、このままの展示では承知できないと思ってきた」と言う。皮膚がただれるほどのやけどを負ったら、髪や衣服はとっくに燃え、顔も判別できない。坪井さん自身も熱風で顔の皮膚がむけ、耳がちぎれ「母でさえ分からなかった」ほどだった。

だが、市民などからは撤去に反対する声も上がる。今年3月の市議会でこの問題が取り上げられると、市や資料館には電話やメールが200件以上寄せられた。賛成はわずか12件で、ほとんどが反対意見で占められているという。

広島市佐伯区の会社員勝部晶博さん(42)は、インターネットの署名サイトで撤去方針の撤回を求める署名運動を始めた。小学3年の長男(9つ)と幼稚園の長女(5つ)を幼いころから資料館に連れてきて、広島が受けた深い傷を伝えてきた。人形から目が離せない子どもたちにはこんな説明もした。「腕を前に突き出して歩いているのは、垂れ下がった皮膚を足で踏んだりしないため。あと、腕を下げると血圧で破裂しそうになって猛烈に痛いんだ」。それはすべて勝部さん自身が、子どものころから爆心地に近い学校や資料館で教わってきたことだ。

「人形があると子どもたちの食い付きが全く違う。実物展示ももちろん大事だが、遺品の裏にある一人一人の人間の心はすぐには見えてこない。でも被曝再現人形を手掛かりに、それが現実に起こったことだと想像できる」と力を込める。

「署名が1000件を超えたら資料館に直接訴えに行きたい。私たちは人形のメッセージを間違って受け取ってきてはいないはずだ」と話す。

ボランティアガイドたちも「本当はもっとひどかったのよ」と説明を補ってきた。ガイドの一人で、生後4カ月で被曝した河野迪子さん(68)も「被爆者の証言を次に伝えるためにも、子どもたちの興味を引く人形は必要。できれば残してほしい」と惜しむ。

もう一つの県被団協の大越和郎事務局長(73)も「ショックを受ける子供がいるのも事実だし、逆に被害を和らげて表現しているのも事実。それでも、人形は核兵器の非人道性を強く訴えることに成功してきた。安易に変えるべきではない」と撤去に反対する。

議論の根底にあるのは、被爆者の高齢化で体験の継承が困難になっていくことへの危機感だ。

坪井氏も、視覚に訴える人形の役割を否定するわけではない。若い世代を中心に、被爆体験の伝え方をめぐる議論が盛り上がることを歓迎しながら、こう続けた。「何よりも大事なのは、再び戦争の道に進まないためにも、風化を防ぐこと。人種も民族も関係なく、戦争と放射能から命を守るための資料館であってほしい。そのためによりよい展示物を研究してほしい」


[デスクメモ] 

子どものころ読んだ「はだしのゲン」も怖かった。焼けただれた両腕を前に出して歩く姿が夢にまで出てきた。全国の子どもたちに与えた影響は計り知れない。実態はあんなものではなかったという思いは分かるが、撤去することはないだろうとも思う。展示方法の工夫などで解決できないだろうか。(国)


2013519日 東京新聞 こちら特報部
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013051902000131.html



 

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